EPISODE 2


子供のセット

子供のセットに入れと言われた。1〜2年生ぐらいで普通の坊ちゃん刈りである。しっかり寝かしつければいいだろうと思ったが、先輩が「光ゲンジみたいにしてほしいんだって」と言ってきた。いくらアイドルにうとくなってきたとはいえ、光ゲンジは知っていたので、その仲の一人「諸星か!」と聞くと、子供はニコッとうなづいた。しかし、よく考えると彼のヘアスタイルはパーマをかけて後ろに流している。どうみても、この坊ちゃん刈りでは、似せてセットなんかできるわけがない。でも、やらなきゃならないし、仕方ないから、前髪を上へあげて横に流してやった。ひきつった笑顔で「どう、こんな感じ」と聞くと、今まで何も言わなかった子供がポツリと「カッコ悪い・・・」だって。このガキが・・・どうやったって無理だろうと、ひっぱたいてやろうと思ったが、客待ちに母親がいたので、グッとこらえて先輩に泣きついた。
先輩はサッと普通に寝かしつけて「これでいいんでしょう」と言うと、子供はコクッとうなづいた。だったらはじめから光ゲンジなんて言うなよ・・・。このことで、お客さんで一番あつかいづらいのは、妥協を知らない正直な子供だと俺は悟った。

(昭和63年8月 セントラル153号)


大切な髪の毛

10:0ぐらいで分髪し、強引に横の毛を引っぱって、天頂部が薄いのを隠している人のシャンプーをした時の事である。シャンプーを流し終えて、タオルドライをしていると、天頂部中央に、アリのようなものが見えた。
よく目を開いて見ると、広い間隔で生えている数本の毛が束になり、からまっている。これは困った。
しかし、お客さんの見ている前でほぐすわけにはいかない。もう一度タオルドライしたが、からまる一方である。指頭打法などでとろうとしたが、これもダメ。どうしようもなく、苦笑いしながらお客さんに説明し、手でほぐしはじめたが、なかなかとれなくてお客さんは「切っていいよ」と言ってくれた。でも、横の毛を上にあげ、薄いのを必死むでカバーしているのだから、このお客さんにとって、たかが毛の数本でも大切なんだろうと思い、汗だくになりながら、先輩達に笑われながらも、なんとか手でほぐした。
お客さんは何度も「ありがとう」と言いながら帰っていった。ちっぽけなことだが、俺は、はじめてお客さんの事を思って仕事をしたような気がして、とても気分が良かった。

(昭和63年8月 セントラル153号)


いきなりビンタ

パンチのお客さんが、子供二人を連れてやってきた。子供はすぐにカットが終わり、お父さんが終わるのを客待ちで待っていた。最初はファミコンをして遊んでいたが、飽きてきたらしく、客待ちの椅子の上でじゃれている。わきにいた俺は、何の気なしに「お父さん、もう少しで終わるからね、おとなしくしているんだよ」と声をかけてやった。しかし、その一言が間違いだった。よっぽど退屈していたらしく「お兄ちゃん、お兄ちゃん」と大声で笑ったり、はしゃいだり、何かとなついてくる。俺も、なついてくる子供は、まんざら嫌いでもないから相手をしてやっていた。
しかし、そこまでは良かったが、子供は「あのお兄ちゃん、怖い」と後輩を指さした。「そうだよ。うるさくするとひっぱたかれるよ」と言うと、子供は後輩にアカンベーをした。後輩もアカンベーを仕返すと子供は、店内に響き渡るほどの大声で「スケベ」とか「うんち」とか後輩に言い出した。みんなはクスクス笑い、マスターは何事だと言わんばかりの顔でこっちを見るし、俺はあわてて「シー」と口をふさごうとしたが、逆効果で、喜ぶ一方。そのうち店が混みだし、俺も仕事に入った。すると「メガネのお兄ちゃんどこ行ったの」とわめきだした。俺はどうしょうかとうろたえていると、お父さんが理容椅子に立つ子供の前に行き「おとなしくしていろ!」と両手でホッペをパチーン!!みんなは、そのすさまじさに唖然・・・子供はベソをかいて、すっかりだまってしまった。
後で「お前が、ちょっかいだすからだぞ、かわいそうにひっぱたかれて・・・」と先輩に叱られた。そんなつもりはなかったけど、かわいそうなことをした。しかし、子供をおとなしくさせるのは難しい。なんだか俺がもて遊ばれてたような気がする。

(昭和63年9月 セントラル154号)


信頼されていない?

先輩のやっていたワインディングを交代で自分が入った。指示を聞いて巻き始めると、お客さんがソワソワし、けげんな顔をし、こっちをチラチラと見ている。
するとお客さんが「ちゃんと巻いてる」と言ってきた。「はあ?」と聞き返すと「ちゃんと下に巻いてるの?」と言う。下に巻くもなにも、基本巻きでしたから上に巻く馬鹿はいねぇだろう。素人が知りもしないで、何言ってんだ・・・と思いつつも、業界スマイルで「何か気に入らないところでも!?」と問いかけた。するとお客さんは「ええぇっ」「はぁー」「その」とお客さんもなんだかわからない様子である。
ようは、先輩にやってもらいたかったという不満と、交代で入った自分に巻かせて、大丈夫かなという不安から、そういうことを言ったらしかった。その場はなんとか先輩にうまくフォローしてもらい、助かったが、先輩は、別のお客さんのカットに入ってしまったので、自分が続けてワインディングをしなければならなかった。そんなことがあっただけにその後、巻くのがひじょうにイヤだったし、お客さんと自分との雰囲気も気まずかった。
特定の人にやってもらいたいというお客さんは多い。しかし店が混むと、そうとばかりはいってらなくなるし、中継ぎで、どうしても自分達、下の者が入るようになる。そのときに、お客さんに不安がられるのは、とてもイヤなことである。そこで、うまくお客さんとコミュニケーションをとれればいいのだが、なかなか難しいものである・・・。

(昭和63年10月 セントラル155号)