EPISODE 3


技量とは・・・

この前、店で大騒ぎした子供がまたやってきた。ワインディングのヘルプをしていた俺の隣の席に案内され、マスターがカットに入った。マスターがカットに入ったということは、俺が中継ぎで、ネックから入らなくてはならない。この前みたいに、またはしゃがれたらこまるなー。ただでさえ、子供のネックは難しくて怒られてばつかりなのに・・・。とイヤな思いがこみあげてきた。
ヘルプをしていても、どうも隣が気になりチラチラと目がいってしまう。するとマスターが「大沼、この子供、お前が入れよ」ギクッー。
「はい」「この前みたいなネックしたり、時間かかりすぎたら、しょうちしねぇぞ!!」「はい」と苦笑い、念をおされてしまった。
ネックに入り、チョロチョロ動くので、後輩が頭を押さえていた。子供は、俺の顔を忘れたのか、前に父親に怒られたからか、動きはするものの、口は開かなかった。こうなるとなんだか寂しいもので、俺の方から「今日は、おとなしいね」とか「お兄ちゃんのこと忘れちゃった?」とか話かけたが相変わらずだんまり。そうこうするうちに、マスターがほかのお客さんのカットを終えそうになった。ヤバイ、また、時間がかかりすぎている。
後輩が押さえているものの、動いてばかりで剃りずらい。気持ちはあせるばかりである。「こんちきしょうー」と思いつつも、なんとかセットをやり終え、マスターを呼んだ。怒られるのは覚悟のうえだった。
マスターが色々な方向からチェックする。俺の顔が引きつる。いやーな一瞬である。「なあ大沼、やればできるだろう。いつもこれぐらいに仕上げてくれよ」ホッと胸をなでおろす。
後でマスターに呼ばれた。「大沼、後輩にうまく指示して、自分のやりいい位置に頭を持ってこさせろ。後輩をうまく使うのもお前の技量のうちだぞ。それと、子供なんてのは、時間がたつほどイヤになって動き出す。良く仕上げようとお前が一生懸命なのはわかる。しかし、そういったことも頭に入れておけよ」なるほど、と俺は感心した。俺はただ早く良い仕上がりでできればいいということだけを考え、自分だけがあせっていた。「技術のうまさだけが、その本人の技量ではない」ということをひとつ、俺は学んだ。

(昭和63年11月 セントラル156号)


先輩の気持ち

アイパーの薬をつけ、九対一でパートを入れていた。一回、二回、三回、きまらない。天頂部の薄いのを隠すため、変形パートにしてあり、大山と小山の毛の長さがはっきり違うから、ビシッと決まるラインはひとつしかない。四回、五回、六回、小山に長い毛がまじつたり、短い毛が立ってきたり、時間はもう7分ほど経過している。
「適当でいいよ」お客さんがしびれをきらしてきた。まずい。カットした先輩は後ろで見ている。助けてとばかりに視線を送ると、サッと奥に消えてしまった。くそー。しだいに自分もあせりはじめてきた。七回、八回・・・何回繰り返したか覚えてないが、やっと、ラインが見つかり、次の作業に移った。
後で先輩に「助けてほしかったですよ。逃げましたね」と言うと「バカヤロウ!代わってやってやるのは簡単でけど、あんだけやって、できねぇーじゃ、お客さんはこいつはできねぇと思うだけだろ。そうしたらお前の立場がねぇだろ。だから俺は鬼になってやらしたんだぞ」・・・返す言葉がみつからなかった。
たしかにかわってもらえば、その場は良かったかもしれないが、今度、自分がまた入る時は、お客さんにそういう目で見られるだろうし、自分がカットに入り、全責任をおうようになったら、誰にも助けてもらえない。そこまで俺のことを考えてくれた先輩に自分は頭があがらない。と同時に、自分が上も者になったたら、そういう広い視野で下の者の仕事を見てやれるかどうか不安になってきた・・・。

(昭和63年12月 セントラル157号)


マゾですか!?

一番細いロッドで巻くお客さんに入った。このお客さんはいつも、強く引っ張ってくれと注文するので、今日ははじめから「いつもどおり強くひっぱっていいですか」とたずねた。お客さんは覚えててくれたことが嬉しかったらしく「そうそう。言わないと弱く巻かれちゃうんだよね」と何かと話かけてきた。スライスが薄いから、引っ張りすぎると痛いと思い気を使って「これぐらいで、委託ありませんか」とたずねると「もっと」と言う。また少し引っ張り。「まだまだ・・・」また引っ張る。「思いっきり引っ張っていいよ。俺は少し痛い目にあわせてやろうと思い、渾身の力をこめて、思いっきり引っ張った。これでどうだオヤジ!!と内心思い、口では、「どうですか。痛くありませんか?」などとたずねる。
「そうだよ。これくらいじゃないと、巻いてもらってる気がしないんだよ」なんちゅうオヤジだ。あれだけ力をこめたのに、ビクともしていない。よく見ると、毛がピンとはり、皮膚が盛り上がり赤くなっている。薬をつけ終わり。再度痛くないかとたずねると「この痛さがいいんだよ。スキッとして・・・」だって。絶句!
セットに入り、仕上げをし、こんな感じでよろしいですかと聞くと「んー、強く巻いてもらうと仕上がりも違うね。これなんだよ」と上機嫌である。何がこれなんだかよくわからなかったが、お客さんが満足してるんだから、いいだろうと思い、お客さんにあわせて、とりあえず「そうですね。」と言っておいた。俺が見る限り、頭はいつものできと変わりはなかった。
普通ワインディングは、痛くないように気をくばるが、このお客さんはまったく逆である。本当にこういうお客さんを相手にするのは、同じ時間でもドッとつかれがくる。変なお客さんの対応にいささか疲れ果てている今日このごろである。

(昭和64年1月 セントラル158号)


下町の良きオヤジ

マスターのお客さんのセットに入り、パートのところに熱を入れすぎて、直しようがない状態になった。毛が薄く、やわらかいので、少し熱を入れたつもりが、折れ目がくっきりついてしまい、全体のバランスがとれなくなってしまった。直そうと思い熱をあて、何度もブラシをとおしたが、乾ききった毛はビクともしない。時間がたつにつれ、あせるばかりで、鏡越しにこちらを見ているお客さんの顔をまともに見れなくなってきていた。
マスターに言って直してもらおうか?いや、ここで逃げたら負けだな!数分間にわたり心の中で葛藤が続いた。「しかたねぇー」ドライヤーを置いて、度胸を決めた。「すみません。自分のミスで熱を入れすぎてしまったので、水をつけてもう一度やり直させてください。」ムッとされるのは覚悟のうえだった。おそるおそる上目遣いで、鏡の中のお客さんへ目をやると、お客さんはフッと笑い「いいよ。今から見合いにいくんじゃねぇんだからよ。失敗してもいいから、君の思うとおりにやってくれ」と言ってくれた。
すごくホッとした。イヤな気持ちは吹っ飛び、再度チャレンジして、なんとか仕上げることができた。時間がかかりすぎたことをわびると、お客さんはイヤな顔ひとつせず、「気にすんなよ。マスターと同じ屋根の下住んでんだ、息子も同じだろ。俺に気をつかうことはねぇよ。なあー!」とミスってしょぼくれていた俺に気を使いなぐさめてくれた。マスターに怒られはしたものの、このお客さんの言ってくれたことがすごく心にジーンときて、なんだかとても嬉しかった。
逃げないで、お客さんに謝って良かったと思った。よく考えると、こうやってお客さんに助けてもらったり、はげまされることが多い。こんな下町の良きオヤジ達に囲まれ応援され、俺は一歩一歩成長している(?)はずなのだが・・・

(昭和64年2月 セントラル159号)