EPISODE


イヤミ大王襲来

史上最大の敵がやって来た「イヤミ大王」である。迎え撃つは、業歴の浅い若輩な、この俺である。
「君がやるの?ついていないなぁ今日は!時間づらしてくれば良かったなぁ。」はじめは冗談で言っているのだと思って、作り笑顔で軽くあしらっていた。オーダーをとると「適当でいいよ。気にしないから」と言う。
でも、ある程度聞かないとはじめられないので、もう少し聞いてみた。「まかせるよ。いや、まてよ、君にまかせると、どうなるか解らないからな。心配だなぁ」そんな、たまに・・・いや結構そういう時もあるけど、俺も一生懸命やっているんだし、そこまで言わなくてもいいじゃん。と、心の中で自分をフォローしておいて、とりあえず、俺の顔はまだ笑顔だった。
カットに入ったら、さあ大変。気にしないと言いつつも、キョロキョロ鏡越しに自分の顔を見ては、短いだの、長いだと、あんまりうるさいので、もう相手にせず、だまってカットしていた。するとお客さんは独り言のようにブツブツ言い出した。「いるんだよね。学生の時ブラブラ遊んでばかりで、いくところなくなって親の後を継ぐ奴」オイ、コラッ!誰の事言ってんだよ。だんだん腹がたってきた。
お客さんの攻撃はとどまることを知らず、シャンプーに入ったら入ったで「お湯が冷たい」とか「カゼひいちゃうだろう」など、俺のやること全てにイチャモンをつけてくる。それでも、なんとか仕上げて、バックミラーで「どうですか?」と聞くと「ちょっと白くないか」またかよ・・・。いい加減にしろよオヤジ!!もうプッツンきた俺は「じゃあ、マスターに見てもらいますから呼んできます」と啖呵をきった。
すると「もういいよ!」とお客さんは関を立ち、俺のセットした頭をクシャクシャにかきむしった。ノックアウト。このお客さんの事は先輩から聞いていたが、ここまでやるとは思ってもいなかった。なぜ、俺がここまで言われなければならないのか、理由が見つからない。完敗だ。
昔はよく、こんな奴に頭下げるくらいなら、喧嘩して店をやめてもいいと思っていた。でも今は、こんな奴の為に、店をやめ俺の偉大な人生計画を、棒に振るわけにはいんないと考えてしまう。今、やっと俺は、この仕事の楽しさがわかりはじめてきたところだ。こんなところで邪魔されてたまるか。来るなら来い、イヤミ大王!俺は一歩もひかねぇぞ。

(平成2年3月 第172号)


激闘、コンテスト 前編

自分は、TBA(東京バーバーズアカデミー)従業員科という蒲田近辺の店主が、従業員のためにつくってくれている講習会にお世話になっている。その講習会の一年の締めくくりとしてコンテストが行われる。
今年の自分の種目はベーシックアイアニングで、コンテスト三ヶ月前から、その講習がはじまった。人数が少ないので、努力すれば賞をとることは夢ではない。日頃怠け者の俺だが、後輩とお互い喝を入れながらがんばった。暇をみつけては先生にお願いして見てもらい、一ヶ月前からは、朝一時間早く起きて練習をした。
その成果があってか、二週間前には、自分のイメージするスタイルが完成しつつあった。そうなると、人間欲がでてくるもので、もっと良くしようと、いろんな事を考えはじめた。ところが、それが大間違い。ひとつのスタイルを徹底してやればよかったものの、いろんな平面のウェーブを考えている内に、頭が混乱してきて、やればやるほど解らなくなってしまう。そのうち、できていたシルエットや、ボリュームまでくずれてきた。気持ちは焦るばかり。その焦りが、作品のデキをますます悪くする。
そんな俺を見て、いつも面倒をみてくれている会の先生が、声をかけてくれた。「大沼、行き詰まったときは、はじめに戻るんだよ。よけいな事は考えず、基本を思い出してみろ」・・・そうだな、何も考えず、教わったとおりやっていた時は、うまくいっていたんだよなぁ。そうこうしているうちにコンテスト前日。今日はマスターも、一緒に見てくれている。一回目、二回目、相変わらず気持ちがふっきれず、デキは悪い。三回目、四回目。突然アイロンが毛先からスポッと抜け、口にジュッ。唇大ヤケド!クソー!!いらだちを押さえられなくなる。
見かねてマスターがやってくる。「大沼、クラシカルならできるのか」「はい」「よし、お前クラシカル作って、それから表面だけウェーブをつけろ」マスターがアドバイスしてくれた。まさに、前に先生が言っていた、基本に戻れということだった。
マスターが帰ったのが二時。それからも、後輩と納得がいくまでやった。終わったのが四時半。あと数時間後には営業だが、その後二人でもう一回やった。迷いはふっきれた。もうやるしかない。才能、センスのない俺にあるのは「気合い」だけだ。唇にアイロンのキスマークをつけて、いざ勝負だ!!

(平成2年4月 第173号)


激闘、コンテスト 後編

いよいよコンテスト当日である。会場では、仲間と相変わらずの馬鹿話。顔はヘラヘラしているが、その唇は緊張で乾ききっている。笑顔を振りまく仲間でも、数分後にはライバルである。そう思うと、心臓が高鳴り「こいつは、どんな作品を創るのだろう」と気になって仕方がない。そんなとき、会長の挨拶がはじまる。「賞にこだわり過ぎるな。どれだけできるようになったのかが目的である」おっといけねぇ。会長の言葉で我にかえる。人は人。と自分に言い聞かせる。
「スタート一分前」鼓動の高鳴りが、体にビンビン響きわたる。さあ、スタートだ。多少手は震えているが、アイロンはスムーズに動く。いけるぞ。周りが気にならなくなり、気持ちが集中してくる。汗が額を伝わってくるが、拭いている暇はない。10分、20分と経過していく。ペースは順調だ。このまま、一気にいくぜっ!
「終了」あっという間だった。やるだけのことはやった。ホッとしたのもつかの間、審査員の先生達が会議室に入っていく。また鼓動が高鳴ってくる。15分位しただろうか。俺達の部の審査員だけが、会議室よりでてこない。そのうち会長達が呼ばれる。俺達の審査で何かもめているらしい。やっとのことで発表。ポケットに忍び込ませた帝釈天のお守りを握りしめ、神だのみする。
「ベーシックアイアニングの部、準優勝・大沼幸市」ヨーシ!!全身の力がスゥーとぬけていく。
審査員の講評があった。「実はベーシックの審査員の先生方の総合点が、一位と二位まったくの同点でした。技術では、どちらも甲乙つけがたい。それでもめました。しかし、競技に取り組む姿勢や、落ち着いた態度から、その結果○○さんを一位と決めました」俺のチャラチャラした態度があだとなったわけだ。でも、悔しさはなかった。なぜなら、俺は自分自身、前日のデキとは比べ物にならないような、満足のいく作品を創ったからだ。それを認めてくれて、賞に入っただけで充分だった。
終わったという解放感。納得のいく作品を創ったという満足感。そして入賞できたうれしさ。いろんな重いがたちこみ、俺は言い表せないような、実にすがすがしい気分だつた。そんな色々な思いを求めて、みんな競技会にチャレンジしていくのだろうと思う。そこで、頂点を極めていった人達は、いまさらながら、すごい人達だと思う。それと、もうひとつ。「技術は基本が大切だ」そんなことは、昔からずっと言われ続けてきたことたが、今になってやっと、その意味の重要さが解りかけてきた。それだけでも、俺は、このコンテストに向けて、がんばってきて良かったと思う。

(平成2年5月 第174号)